第一回は私が葛藤した瞬間の話です。
あれはちょうど2000年頃だったでしょうか。
私は会社に遅くまで一人残っていました。
机の上には請求書や資金繰りの資料が並んでいましたが、室内は静かでした。
社員はみんな帰ったあとですが、私は帰れない。
帰っても眠れないのがわかっているからです。
当時一番苦しかったのは、最悪の経営状態そのものではなく、「大丈夫」と言い切れないことでした。
社員には家族があり生活もある。
出来れば「大丈夫だ」と言いたい。
ただ経営者である自分には言えませんでした。
言った瞬間に、それが自分への嘘になる気がしたからです。
銀行からは返済の催促、予定通りに入らない売掛金、こちらの都合などお構いなしに現実だけがどんどん迫ってくる。
当社の業態は、資金の流れが1-2か月狂うだけで一気に苦しくなります。
そういう時期は、経営者でないとわからない独特の恐怖があります。
一方で社員も揺れます。
このままでは生活できないと辞めていく人もいる。
社員も自分と家族を守るために動きますから、責めることなどできません。
ただ、そんな中でも残ってくれた社員が何人もいました。
私は彼らに対して、今でも強い思いがあります。
苦しい時期を一緒に乗り越えた仲間には、あの時残ってよかったと思って欲しい。
当社の20年選手たちは皆、云わば冷や飯を食った仲間です。
苦しい時代を経験しているから、簡単にはブレないし、少々のことでは辞めない。
あの時代を一緒に越えてきたことが、今の会社の土台を築いています。
経営者としての私と、一人の人間としての私がぶつかるのは、まさにこういう時です。
人間として「みんなに申し訳ない」と思う一方で、経営者として「それでも前を向いて会社を守らなければならない」と思うのです。
そのようなとき、私が最後に戻る判断軸は、「嘘をつかない」ということです。
社員に対しても、自分に対しても、現実から目をそらさない。
都合のいいことを言わない。
格好をつけない。
これが経営者としての誠実さだと思っています。
経営者は、強そうに見えるかもしれませんが、不安も迷いもたくさんあります。
それをごまかすために綺麗事を言い出すと、会社はおかしくなっていく。
だから私は、苦しい時ほど正直であることを大事にしてきました。
「大丈夫」と云えなかったあの夜は、私の判断軸を鍛えてくれた時間だったのかもしれません。